いつになったら貴方は僕を





解放してくれますか























■ spectrum ■























「おい、モヤシ」



朝、食器の山に囲まれて、到底人間の胃袋には収まりきらないであろう量の食べ物を

美味しそうに頬張るアレンに後ろから掛けられた言葉。

自分をモヤシ呼ばわりするような人物は二人しか思い当たらず

そしてこのいかにも不機嫌そうな声色の人物など、一人しか思い当たらない。



「だからアレンですってば、カンダ」



振り返らず非難の声を上げれば、ドカッと隣から椅子に座る豪快な音が聞こえる。

前に比べると最近やっと、喧嘩腰ではあるがよく話すようになった。

それは現状を見れば明らかで、初めのうちは好奇の目を向けられたが今ではそれも無くなった。



「お前、午後は暇か?」


「・・・・・・はふん」



呼び名の件がスルーされた事と、質問の内容が予想外だった事で

数秒思考が停止して、結局曖昧に「たぶん」と答えを返した。



「はっきりしろ、それと口にものを入れたまま喋るな」


「・・・・・・・・・・・」



自分が訊いてきたんじゃないか、と

まるでどこかの師匠のようだと、ふと脳裏によぎった事は黙っておいて

言われたとおり、口の中のものを片付ける。

この人は、僕が師匠の事を口にすると何故だか機嫌を頗る悪くする。

けれど何処となく、被るのだから仕方が無い。

口調とか、人を見下したような態度とか、それにこの射抜くような眼光。



「何だ、見てんなよ」



すみませんねと目線を逸らしながら、やっぱり似てるよな、と。

現にこのやり取りも前に経験した覚えがあって、その時はたしか師匠が正面に座っていた。



「・・・食べ終えました、で、午後何かあるんですか?」


「コムイに頼まれた。暇だったら買い物に行って来い、だと。俺だけじゃ持ちきれねぇんだよ」



コムイの名を聞いた時点で、あまり良い内容じゃないんだろうとは予想がついていたけど

頼まれごとの内容を聞けば、はぁ、と溜息も出て当然である。

けれど、たまの休みが減ることよりもっと別のことが気になった。



「何を買うんですか?」



本当に気になったのは、こんなことではないのだけれど



「自分で見ろ」



言いながら差し出された紙切れには、所狭しと色々な物の名前と説明が書いてある。

ああ、リストか。
思って、



「何ですか、コレ・・・僕らに頼むような買い物でもないでしょう」



よく見れば、包帯やら文房具やらトイレットペーパーやら

それらは到底エクソシストという肩書きのある自分達がお遣いをさせられるような代物ではない。

昨日任務から帰ってきた神田には尚更だ。



「睨むな、俺も同意見だ」



紙を睨んでいたつもりが、何故頼みを受けたのか、という疑問が勝って神田に向いていたらしい。

珍しく溜息混じりに吐かれた同意の言葉が、その疑問を確実なものにした。



「ならどうしてこんな頼み引き受けたんですか?」


「・・・・・・・・・お前には関係無い」



一瞬チリ、と胸が痛んだ気がして、何とも理不尽だ。誘っておきながら、関係無いときた。

けれどこれが彼なのだから仕方なく、そしてやはり似ているな・・・と。

取り敢えず、ご一緒させて頂きますよ。と普段より多少猫撫で声で告げて

何故が嬉々とした気分で部屋に戻りコートを羽織って、コムイに見送られて門を出た。






買い物は量に比例し時間が掛かり、そして今は帰り道。2人とも両手いっぱいの物、もの、モノ。

こんな状態の僕らを見て、誰が世界の救世主だなんて思うだろうか。

空には朱色から漆黒へと鮮やかなグラデーションが仰げ、当然ながら僕のお腹は悲鳴を上げていた。



「カンダ、・・・何処かで食事でもしませんか?」



それまでとは比べ物にならないような盛大な音が鳴って、ついに僕は音をあげた。

本当に限界だ、このままでは餓死も覚悟しなければ・・・と。



「公園入れ」



目も合わさずにかえってきた応えに、一瞬何のことだかわからなかった。

けれど目の前には紛れも無く、満月がポプラの並木とベンチを照らしていた。

言われた通りに園内に入り適当なベンチへと足を進める。



「食べ物・・・は?」



ふと浮かんだ如何にもな疑問を素直にぶつけてカンダを見ると、目の前には紙袋。

見覚えの無いそれを眺めていると、早く受け取れ、と催促された。

ベンチに座って受け取った物を見れば、中にはいくらかの食べ物が

申し訳程度にごちゃごちゃになって入っていた。



「一人で食うなよ、俺も減った」



何が、とは訊かずとも空腹なのはわかった。僕に差し出す前に既にリンゴを1つ掴んでいたから。



「これ、」


「さっさと食え、時間の無駄だ」



これカンダが?と尋ねようとして、またもや催促の言葉をくらった。

けれど今は食気が勝る、そしてそれよりも嬉しさが。

訊けなかったことの答えを勝手に肯定して、サンドイッチに食らい付きながら嬉しさをも噛締めた。

教団に入り、まだそんなに長い付き合いではないけれど、だんだんとわかってきた彼の性格。

それも自分の勝手な解釈なのだけど、ポジティブ思考は悪いことじゃないから。

無言で2人、夜のベンチで食事する。この沈黙さえも心地良い。



「何ニヤニヤしてやがる」


「美味しくって、僕食べてる時が一番幸せなんですよ」



気色悪ぃ、と言われても無意識なのだから。けれど返した応えには多少の意味合いを含ませて。

彼には伝わっていないのだろうけど、それでも今はこれで良い。これが僕の精一杯。



「幸せなやつだな、」



呆れた声で言われて、それには返事をせずまた食事を再開させた。

この、何て呼べばいいのかわからない感情を、もっと噛締めていたいから。

彼の隣、こんなにも心地良い場所を、僕は知っている気がする。



「ありがとうございます、カンダ」



そうしてまた沈黙が続いて、紙袋が空になった頃に自然と零れた言葉。

自分でも、何に対して言ったのかわからないけれど、

応えが無いことは予想できていたから、ベンチを立って簡単にコートを叩いて

さ、行きましょう、と満足したお腹をさすりながら隣に居る筈のカンダを見れば

いつの間に立ったのか、僕の目の前に彼は居て



「汚ぇな」



何のことだろう、と少なからず失礼なその言葉に無言の抗議を示せば

伸びてきた手に思考は停止して、またその手が離れたのはわかったけれど、それ以上はわからない。



「食いカス付けて、ガキだなお前」



言われてやっと気付いた、口元を掠めた手。



けれど、目の前に立っているその人を、

僕と満月との間に立っているその人を、

僕の鈍った頭は別の人物に映してしまった。

それは、いつも僕の目の前に居て

見えていたのは、大きな背中か厚い胸板か

孤独を、悪夢を忘れるたった一つの方法を僕に教えてくれた人、

そのくせ僕を、孤独のどん底に突き落とすのが得意だった人、

ああ、貴方は

僕を引き寄せては遠ざける、






































「し・・・、しょう?」






































言ってはいけなかった、

決して口にしてはならなかったその呼び名を、

貴方はまだ僕に言わせるのですか。

折角、気付くことができた彼への気持ちの正体を

貴方はその絶対的な残像で、

否定するというのですか。









































満月が僕を嘲っていた、


気がした















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やはー。
何だか最後の方はただの語りになってしまいましたね。切ない系を書きたくてですね。
とりあえず、キャンへの気持ちに気付いたけど師匠が忘れられないアレきゅんを。
キャンの後ろに見えた満月が、 師匠の頭にいつも乗ってたデカいティム見えたとか…(黙

2005/5/1













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